那須を応援!メグ&ロッドの『661ナビ』

那須高原の661グループについてゆる~くナビするブログです。春夏秋冬、お買い物やグルメはもちろん、特別な日、癒しの場などなど・・・スタッフ裏話やマル秘エピソードもあるかも!?

よもやま話


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貧乏自慢(生活スタイル編) ~還暦爺の言いたい放題~

貧乏エピソード

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今回は、室井社長の「貧乏エピソード第2段」をご紹介します。

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ジジババあるある、はじまりで~す。

ライフライン ~電力編~

毎日のように停電したから、ロウソクは必需品。

明かりは囲炉裏とランタン。電気とは無縁だった。

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今の日本ではあり得ない光景ですね・・・

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昭和20年代の電力事情は「どん底状態」でした。

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昭和25~6年頃、電力は復興したと聞いています。

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確かに都心部では、街路燈が街を一晩中照らしていました。

首都圏の復興は早かったんです。

しかし、地方では惨憺たるもの。

大阪の一般家庭では連日停電、東北6県も深刻な電力不足でした。

jirolian
地域で隔たりがあったんですね。

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1日10回以上の停電は当たり前。

明かりが必要な夕方~夜中まで、15分おきに点いたり消えたり・・・

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それじゃ家の用事もできないよ!

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そうなんです。地方民は、電気の無い暮らしも同然でした。

ライフライン ~水道編~

毎日のように断水して、復旧の度に泥水を流される。親は「水道代を返して欲しい」とボヤいてた。

井戸を使っていたから、断水とは無縁だった。

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今でも地震や台風など大規模災害に遭うと、しばしば断水します。

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当時は、台風=断水でした。

飲み水はバケツやヤカンに貯め、風呂に貯めた水で洗濯や洗い物してましたよ。

生活スタイル ~電化製品編~

東京オリンピック直前、家に白黒テレビが来た

近所の金持ち宅に集まり、カラーテレビで見た

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初めての東京オリンピックは、1964年でしたねぇ。

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50年以上前の出来事ですが、今でも鮮明に覚えています。

10月10日(土)、東京の国立競技場(現:新国立競技場建設中)で開会式が始まりました。

曇天だった天気予報から一転、快晴。

NHKの実況も「世界中の青空を全部持ってきたような、素晴らしい秋日和です!」と盛り上げました。

最後尾で日本選手団がドッドッドッと入場行進した直後に、聖火ランナーが182段の階段を一気に駆け上る。

迫力の光景に、テレビを観ていた大人も子供も大歓声を上げました。

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2020年、二度目の開催が決まった東京五輪・パラリンピック。最初の東京五輪を知る人にとっては、感慨もまた一塩といったところでしょうか。

他には・・・

ローラー式脱水機だったので、洗濯物からツララが下がった

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画像引用元:GB(ジービー)

洗濯板とタライだったから、洗濯物は凍ってた

木製冷蔵庫では、大きな氷塊で冷やしていた

井戸があったから、冷蔵庫は要らなかった

電話局の「交換手」に番号を伝え、相手先に着信するまで心配してた

そもそも電話はお隣さんに借りに行っていた

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白黒テレビの次は洗濯機、冷蔵庫、電話ですか・・・

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今の時代、洗濯機は脱水、乾燥機能がついて当たり前。冷凍庫がない冷蔵庫など、探す方が難しい。

電話するなら、「通話機能」を備えた端末さえあればカンタンにできる。

「電話交換手」は勿論、今では「電話機」という家電そのものがあまり使われない。

あらゆる家電に便利な(?)機能が満載だけど、業者もすぐに直せる代物では無くなってしまった。

「故障したら、叩けば直る」ような、レトロでアナログな話が面白いんです。

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なるほど。

室井社長の仰る「貧乏自慢」というのは、

「こんなに生活が不便でも、我慢できたんだぞ!(どうだ、真似できないだろう)」

・・・といった所でしょうか?

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まあ、そんな感じでしょうね。

還暦を過ぎた爺さんたちが、「モノが自由に手に入らなかった貧しい時代」を笑い話にして楽しんでいるわけです。

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わたしもバアちゃんになったら、こんな話するのかな~。

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今から50年後って・・・2068年!?

一体、どんな時代になってるんでしょうね。

おしまいです

お読みくださり、ありがとうございました!

皆さまどうぞ、よいお年をお迎えください。

貧乏自慢(トイレ事情編) ~還暦爺の言いたい放題~

貧乏自慢 ~トイレ事情編~

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今回は、室井社長による「貧乏自慢」をご紹介します。

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・・・おじさん、だれ?

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【 nickname 】ジロリアン
【 formal name 】松谷(マツヤ)ジロー

【 job 】コンサル
【 関係 】社長とは、30年来の交流がある。
2017年 「661グループ総合計画支援」を引き受ける。

本ブログ『661なび』の総監督、とでも思っていただければ。

貧乏エピソード <肥溜め>

田んぼのあぜ道でコケて、肥溜めに手を突っ込んだ。

肥溜めに大きな石を投げ込んだら、ドバッと飛沫を浴びた。

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いきなり衝撃的なテーマですね。

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肥溜めは定番でしょう。

「あ~その話ね、来たな(汚な)!」という感じです。

昭和30年代頃なら、東京近郊でも肥溜めは通学路にありました。

マンガの神様「手塚治虫」先生の著書や、国民的キャラクター『ドラえもん』にも登場するのです。

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現代のマンガにも「肥溜め」がありました。

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よく読まれているようですね。

ですが、実際の肥溜めを知る私から言わせてもらうと、漂ってくる臭いが違います。

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・・・仰りたいことは、何となくわかります。

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言い忘れてました。

冬になると、肥溜めの横に堆肥(たいひ:わら・草・大小便など、廃物を積み重ね、腐らせて作った肥料)が山積みされるんです。

湯気に混ざって、悪臭が立ち込めていましたよ。

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聞くだけでクサイよ~!

貧乏エピソード <ボットン便所>

大雨の日にボットン便所のフタを開けたら、そこまでウ〇コが来てた

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これ、どういう状況か分かります?

今は、ボットン便所(和式トイレ)を知らない人も多いでしょうね。

<図解>ボットン便所
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ボットン便所とは、「汲み取り式便所」の通称です。

水洗ではないので、便槽に落下した排泄物はあとで汲み取らなければなりません。

便槽に雨水などが溜まると、排泄物が落下した時に飛沫が跳ね返ってくることも・・・

その飛沫を防ぐため、排泄直後に穴と臀部の隙間に便器のフタを差込むなど、涙ぐましい努力が必要でした。

ちなみに、差し込むのが早過ぎると、ウ〇コがフタ上に乗っかって(!)しまいます。

湧いたウジ虫を焼いたら、便槽が火の海になった。

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ハエにとって、便槽は恰好の繁殖場

一度に大量の卵を産み付け、ウジ虫も大発生します。夏場は特にひどいのです。

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普通は薬剤などで始末しますから、「焼く」という発想には驚きです。

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他にも、学生時代にウジ虫を焼いた知人がいます。

幸い、排泄物が水分を多く含んでいたため、落し紙だけが一気に燃え広がっただけで済みました。

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ヤケクソに成らずに済んで良かったですね、いろんな意味で。

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うちきり!

つづく

次回は、「モノが自由に手に入らなかった時代」という視点からの貧乏エピソードをお送りします。

便所ネタはありません。どうぞご安心ください。

ジビエ料理は今から旬! ~伝統的な那須野の「巻狩(まきがり)」~

ジビエ料理の季節です!

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秋~冬が旬の、ジビエ(マタギ)料理。まさに今から!
(↑の写真は「 キジ 」)。

ジビエといえば「 シカ 」「 イノシシ 」などが有名です。

他にも、クマ、野ウサギ、山鳩、カモ、キジ、ハクビシン、カラス(!)など・・・。

いずれも「ジビエ料理」の食材として、鍋、ソテー、焼肉、ポワレ、ミンチにしてハンバーグなど、一度食べたら( 色んな意味で )忘れられない美食へと生まれ変わります。

そもそも「ジビエ(仏: gibier )」には、フランス語で「狩猟によって、食材として捕獲された野生の鳥獣」という意味があります。

「 狩猟によって 」という所に、他肉と区別する明確な意味合いがありそうです。

そして、その「狩猟」の伝統的な手法の一つに、「 巻狩(まきがり) 」があります。

「巻狩(まきがり)」とは・・・
共同狩猟形態の一つ。狩場を四方から取囲み、中の獲物を追込んで捕える狩り。武士階級の台頭した鎌倉時代から遊猟を兼ねた練武の方法として盛んになったもので、源頼朝の那須野、富士裾野における巻狩は有名。
(引用元:コトバンク

獲物を取り「巻」いて「狩」る、という猟師たちの動きを、そのまま名前にしたようです。

ジビエ料理の見た目って、どんな感じ?

「ジビエ料理」について、ツイッターで探してみると・・・ <参考>ラチュレ(LATURE):フランス料理店 2018年ミシュランガイド東京にて1つ星

<参考>キナリノ:ジビエの季節到来。初心者さん向けから今を時めく店まで*都内のジビエレストラン*5選

<参考>若草HUTTE(ヒュッテ):美郷ジビエ丼(980円)

SNSだけをざっと眺めても、この時期は日本の各地で「ジビエ料理」が熱い!ことが分かります。

もちろん、古来より巻狩で有名な「那須野」でもイベントがありました。


↑那須塩原市の公式ホームページです

さて、この人たちは・・・

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実は「巻狩」、私もやったことがあるんです。

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室井社長が巻狩を? へええ~!

那須御用邸につながる森での神聖な「巻狩」

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今から30年ほど前のお話です。

昭和最後の正月が明けた頃。

室井社長は、「巻狩」と呼ばれる伝統的な狩猟に誘われました。

那須御用邸につながる森で、ウサギを狩ろうというのです。

「本当にこんなところで、狩りができるの?」

と半信半疑で参加しました。

那須町のイベント「サンタエクスプレス」で共にサンタ役を務めた、向井さんも一緒でした。

巻狩を行う際の役割は、主に2つ。

勢子(せこ):吠えるような声を上げながら、獲物を山の上に追い出す

射手(いて):勢子に追われてきた獲物を、銃で仕留める(待子:まちこ、立間:たつま とも言われる)

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室井社長と向井さんは、勢子の役?
・・・まさか、射手!?

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いえ、「猟犬」の役・・・。

巻狩に絶好のシーズンは真冬。そして場所は雪山です。

雪深い山道を歩く際のマストアイテムは「かんじき」

原始的ながらその効果は絶大で、かんじき無しでは腰くらいまでズボッと雪にめり込んでしまうのだとか。

かんじきを持っていなかった室井社長と向井さんは「長靴」で、「ワォーン、ワンワン!」と犬の鳴き真似をしながら雪山を歩くことになりました。

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私たちは、勢子を追うだけで精一杯でした。

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・・・で、ウサギは?

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逃げられちゃって、収穫なし!

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え~!ショック~!

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くわぁ・・・

獲物ゼロでも、収穫いっぱい!

獲物ゼロではありましたが、巻狩を終えた後の交流会では盛りだくさんの手料理を振舞われた、室井社長と向井さん。

~手料理の一例~

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山菜のきんぴら
(画像はヤマザワ「春の山菜きんぴら」よりお借りしました)

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ふきのとうの天ぷら
(画像はコモディ イイダ「ふきのとうの天ぷら」よりお借りしました)

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イワナの塩焼き
(画像は釣りTiki東北「料理レシピ」よりお借りしました)

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カジカ酒
(画像は新潟の地酒 やまさ「カジカ酒(骨酒用)3点セット」よりお借りしました)

古来より受け継がれる伝統行事に参加できた!という喜びも相まって、2人は感無量だったそうです。

(当時の写真が無いのが、実に残念!)

「那須」「ジビエ料理」のキーワード検索だけでも、ジビエを扱うレストランだけでなく、ジビエ料理の食べ歩きブログなどもたくさん出てきます。

ご興味のある方はぜひ、どうぞ。

おしまいです

お読みくださり、ありがとうございました!

サンタが那須町にやってきた! ~向井オーナー&室井社長の珍道中~

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「アートショップ向井」
オーナーは向井勝實(かつみ)さん

前回の続きです)

はるばる鹿児島の「奄美大島」からやって来て、栃木の「那須」に住み着いた向井さん。

故郷の青森から母を呼び、ここ那須町で暮らし始めました。

ところが、当時の那須町では、よそ者との交流を避ける慣習があったといいます。

那須町は「ムラ社会」

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「県民性」とは、その地ならではの価値観や気質。

地域の気候や風土、または独特の文化によって育まれるようです。

ここ那須町(栃木県)の県民性は・・・
・男女ともに真面目。

ややマイペースで保守的なところがあり、新しいことにチャレンジするよりは安定した現状を維持したい。

人見知りをしやすい。

・仲良くなってじわじわと魅力が出てくるため、初対面と印象が異なる人が多い など
(参考:47の県民性

土地柄は・・・
ムラ社会。

⇒ムラ社会とは?
村社会(むらしゃかい)とは、集落に基づいて形成され、有力者を頂点とした序列構造を持ち、昔からの秩序を保った排他的な社会を指す。
(出典:Wikipedia

向井さんは考えます。

ただの旅行ではなく、「住む」となれば、家族共々「ご近所づきあい」があった方がいい。

さて、どうしたものか・・・

那須町の人と仲良くなりたい!

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向井さんは、室井社長に相談しました。

那須町の人々に受け入れてもらうには、どうしたらいい?

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室井社長
そうですねえ・・・
まずは、「子ども」でしょう。

まず、子どもから。

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信頼関係を築き上げるのに、大人同士だと10年掛かるでしょう。

ですが、子ども達から喜ばれる人になれば、親の「心の敷居」も下がるかもしれません。

折りしも、時はクリスマス。

2人は「Xmasのサンタ作戦」を思いつきました。

出会った当初、酒屋「室井商店」の店主だった室井社長は、その頃、「ムロイカンパニー」を設立していました。

そうです。

「那須リゾートショッピングパーク661st」

が、誕生していたのです。

いよいよ、作戦準備に入ります。

ステージ衣装として、衣料品メーカーからサンタコスチューム2着を購入し、

クリスマスプレゼントとして、袋詰めギフト100個を用意しました。

サンタクロースに扮した2人のおじさんは、クリスマスプレゼントを背負って、界隈の保育所や幼稚園を訪問します。

当時の農村部では、まだ「クリスマス」を知らない子どもたちも居ました。

子どもたちに屈託のない笑顔で飛び付かれ、見送られ・・・

その歓待ぶりは、彼らを「驚かせ楽しませる」つもりだったサンタの方が、逆に感動させられるほど。

作戦は、大成功でした。

「サンタエクスプレス」発進!

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3年目から、2人は「サンタエクスプレス」と銘打って登場しました。

プレゼントはもちろん、661ストリートで用意します。
(中には、結構なお値打ち品もあったとか・・・)

イブの夜、子ども達に見つからないよう、サンタのおじさんたちはせっせとプレゼントを宅配しました。

行く先で出会った子どもたちに、

「Merry Xmas!」

と、カンタンな英語で話しかければ

「本物のサンタだ!」

と歓声を上げ、親子で喜んでくれました。

「サンタエクスプレス」は、すっかり馴染みになりました。

那須町の風物詩に?

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「サンタエクスプレス」の存在は徐々に広まり、隣町の白河や大田原でも噂されるようになりました。

子どもたちから、

「サンタさんが、スニーカー履いてた!」

「ソリじゃなく、661と書いてある車で来てる!」

などの目撃情報が入れば、白い長靴パジェロ(!)まで購入したこともありました。

その後、「少子化」と「サンタの高齢化」を理由に「サンタエクスプレス」は一旦クローズしました。

2人は「サンタのおじさん」としての役目を終えましたが、

「よそ者」だった向井さんが御近所との交流に成功したことは、言うまでもありません。

あの頃の子ども達も、今や30代。

もう、那須には住んでいないかもしれませんね。

「サンタエクスプレス」は今・・・


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まだやってるの!?

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復活する年もあるんだね~!

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そろそろもう、サンタの「おじさん」じゃなくて「おじいさん」ですかねぇ。

おしまいです

お読みくださり、ありがとうございました!

661stが始まる前のお話 ~向井オーナーとの出会い~

さすらいびと(流離人)との出会い

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「アートショップ向井」
(ここで言う「流離人」とは、向井オーナーのこと)

今から30年以上も前の話です。

それは1985年(平成元年)頃、バブル景気の直前。

大きな出来事もありました。

「スーパーマリオブラザーズ」発売

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(画像引用元:ゲームカタログ@Wiki ~名作からクソゲーまで~

映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」公開

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(画像引用元:壁紙キングダム

初代Windows発売など・・・

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(画像引用元:NAVERまとめ

「向井 勝實(かつみ)」という人

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室井 秀貴
(むろい ひでき/661グループ社長)

初めて「向井さん」を見たのは、私が30代の頃。

当時の私は、先代から継いだ酒屋の店主をしていた。

その酒屋は、JR東日本「黒磯駅」から遠く離れた道路沿いにあった。

お店では、輸入ビールや地酒などをマイカーでまとめ買いしていくお客さんがほとんど。

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そんな中、「向井さん」は、一升瓶の酒を1本だけ買って帰る。

延々と続く坂道の那須街道を自転車でやってくるし、いつも同じTシャツとGパン。

働き盛りだろうに、昼間から酒を買いに来る。

あと、焼酎にすごく詳しい。

酒類を勉強中の身としては、親近感を覚えるようになった。

「いったい何者なんだろう?」

とにかく、印象深かった。

ある時、「今日の夕方、届けて欲しい」との注文があり、私は興味津々で配達した。

「遠慮なく上がって」

向井さんは、でっかい鍋料理の支度中だった。

私が戸惑っていたら、鍋のフタが開かれた。

・・・何か、変だ。

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鍋を覗くと、具は、でっかい大根1本だけ。

肉も魚も、ネギすら無かった。

その後、2人で一升瓶を空けたことは覚えているのだが、鍋の味は全く思い出せない・・・

(室井社長 談)

室井社長と向井さんの出会いは、こんな風でした。

きっかけは「途中下車」

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(駅名標作成:Sigene 駅名標ジェネレーター

向井さんがJR東日本の「黒磯駅」で降りたのは、奄美大島から故郷の青森に戻る途中のこと。

貸し別荘の管理人として雇ってもらい、今は那須に自宅があります。

東京出身の奥さんがいて、娘さんが2人?

ふだんは絵を描いていて、料理がうまい。特にキノコとか、ジビエとか・・・地産品の。

酒は飲んでも、呑まれない。

話しやすくて、楽しい。

個性の塊みたいな人。

・・・で、向井オーナーは今どこに?

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「人知れず、コソコソ生きるのが性に合っているので・・・」
(向井さん 談)

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えっ、お留守?

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う~ん・・・
今は確かドイツか、カナダへ・・・

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遠っ!

もう少しだけ続くよ!

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お酒や郷土料理などを通じ、室井社長と向井さんの親交は深まっていきました。

次回は、向井さんと室井社長がサンタに扮し、那須町の人々と交流していくエピソードをご紹介します。

ぜひご覧ください。